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【要約と感想】 宇野常寛『リトル・ピープルの時代』

タイトルと装丁が印象的で、いつか読みたいと思っていた。面白かったです。

内容紹介

内容を簡単にまとめると以下のとおり。

我々の生を決定する、「大きなもの」としてイメージされる存在がある。それは、かつては国民国家だった。ジョージ・オーウェルの小説『一九八四年』の言葉を借りれば「ビッグ・ブラザー」だ。「ビッグ・ブラザー」には疑似人格的なイメージが付随していた。

しかし状況は変わった。冷戦の終結グローバル化の進展により、国民国家という物語は人々の生を意味づけることができなくなった。「ビッグ・ブラザー」は壊死したのである。

代わりに「大きなもの」となったのが、国民国家の上位に位置する、地球規模の情報と資本のネットワークだ。これは「ビッグ・ブラザー」と異なり、非人格的なシステムである。

本書のタイトルにある「リトル・ピープル」とは、「ビッグ・ブラザー」亡き後の現在に生きる人々、および、そのような世界で自らの生を意味づけようとする人々の欲望を意味する。そして無数の「リトル・ピープル」の連鎖が、「大きなもの」=非人格的なシステムを形成している。

「リトル・ピープル」の連鎖による非人格的なシステム=新たな「大きなもの」は、ときに「悪」として作用する。これに対処するため、我々は「リトル・ピープル」の時代に適応した、新たな「大きなもの」への想像力を手にしなければならない。

村上春樹作品の”鑑賞の手引き”になる

本書ではこのような世界観の変遷を、ポップカルチャーへの影響を通して考察していく。ウルトラマンからAKB48まで、題材は多岐にわたるが、大きな分量を占めるのが村上春樹作品と平成版仮面ライダーだ。仮面ライダーの考察も面白いんだけど、残念ながらブログ筆者は未見のため、村上春樹について書きたい。

本書は村上春樹作品を読むためのよい”鑑賞の手引き”になると感じた。

村上春樹の作品は、大分前だがいくつか読んだことがある。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』のBOOK2まで、あと小説ではないが『アンダーグラウンド』も読んだ。(意外と読んでたな)

1Q84 BOOK 1

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で、大体以下のような印象を持っている。

リーダビリティ抜群、比喩が印象的な洒落た文体で、面白くてどんどん読み進む。と、唐突にセックスが始まり、また、生々しい暴力が描かれる。そして読み終わった後に振り返ると、各々のシーンは印象的なのに、全体としてはなんだかよく分からん話だったなぁ…と思う。

よく分からないと感じるのは、出来事の間の関連が不明だからだ。その一方で、一見無関係な出来事も、別の世界からみれば明確が必然性がある、そんな気配も確かに感じられる。

本書では、この半世紀に書かれてきた村上春樹の作品を、「ビッグ・ブラザー」が壊死し「リトル・ピープル」の時代が到来する期間における「正義/悪」の問題という視点から分析する。また、世界への<コミットメント>か、世界からの<デタッチメント>かという選択、更に<コミットメント>をする場合、不可避的に発生するコストの処理をどうするかという問題を、小説の展開に読み取る。

この分析には納得感が得られ、気配として感じていた「必然性」の正体が分かった気がした。深く読もうとすると途端に難解になる村上作品についての、優れた”鑑賞の手引き”になる本だと思う。

2023年に読むと

本書のパースペクティブをもって、2023年現在の出来事を色々考えてみたくなる。

例えば陰謀論Twitterを見ていると、怪しげな(時にバカバカしいとさえ思える)陰謀論が流れてこない日がない。これは「ビッグ・ブラザー」無き世界で、悪としての「ビッグ・ブラザー」を幻視している現象じゃないかな。

また、飛ぶ鳥を落とす勢いの中国。中国の「ビッグ・ブラザー」はまだまだ健在だろう。一方、彼の国で急速に発達するインターネットは、その解体を強く促進しているはずだ。そのせめぎ合いの激しさが気になる。中国では村上春樹の小説がとても読まれていると聞いたことがあるが、この状況と関係あるのかもと想像した。

本書の刊行は2011年。だから、村上春樹作品の分析も、当時の最新作『1Q84』BOOK3までになっている。著者の宇野氏は、この時点での村上春樹は、「リトル・ピープル」の時代における新たな想像力を獲得し損ねている、と評価している。その後『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』『騎士団長殺し』が書かれており、これらの作品ではどうなっているのか、読んでみたくなった。

他にも、AIとかLGBTのムーブメント、考えてみると面白そう。

mura-sou.hatenablog.com