ネタバレあります!
「機動警察パトレイバー劇場版」について考えたことを書きました。ネタバレあります。
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1.はじめに
帆場暎一の動機は何だったのか、というのが本記事のテーマである。この映画はすごく好きで、何回も見ている。それで、帆場の目的はバビロンプロジェクトを崩壊させることだと思っていた。けど、じゃあその動機は何なのか、なぜ帆場はそんなことを企てたのかと問われると、判然としないのだ。彼は物語冒頭で自殺しているし、残した手がかりも断片的。何を考えていたのか、靄に包まれている。ということで考えてみた記事です。
結果として、もしかしたら、目的はバビロンプロジェクトを中止に追い込むことではなかったのでは、と思うに至った。
2.経歴
まず基本事項として、帆場の経歴について。後藤隊長に依頼された松井刑事の調査によると、以下のとおりである。
帆場暎一(ホバ エイイチ)
推定年齢30才
本籍、経歴、係累不明
身長約170cm 病歴を含むその他の身体的特徴不明
1970年頃
東京にて生誕
1997年
MIT留学より帰国後、直ちに篠原重工入社。ソフト開発事業部に所属
1997年~1999年
レイバーシステムの新OS「HOS:Hyper Operating System」をほぼ自力で開発
また、この2年間で26回の転居を繰り返す
1999年
物語の2か月前、篠原重工HOSを発表
1999年 夏
全登録レイバーの80%以上にHOSが導入される
海に飛び込み自殺
帆場は自身の過去に関するデータをハッキングにより抹消しているため、得らえる情報は非常に少ない。1つ分かっているのは、帆場の生家がある町は、1980年代の土地狂乱の頃、地上げにより壊滅したということである。
3.見せたかったもの
自身の過去の経歴を削除した帆場であったが、転居のデータのみは残していた。あえて残し、後を辿る者に何かを見せたかったと思われる。松井刑事はこのデータをもとに、帆場が住んでいたアパートを調査した。
調査を終えたあと、後藤隊長との会話は以下のとおりである。
(松井刑事)
それにしても奇妙な街だな、ここは。あいつの過去を追っかけてるうちに、何かこう時の流れに取り残されたような、そんな気分になっちまって。ついこの間まで見慣れてた風景があっちで朽ち果て、こっちで廃墟になり、ちょっと目を離すときれいさっぱり消えちまってる。それにどんな意味があるのか考えるよりも早くだ。ここじゃあ過去なんてものには、一文の値打ちも無いのかも知れんな。
(後藤隊長)
俺たちがこうして話してるこの場所だって、ちょっと前までは海だったんだぜ。それが数年後には、目の前のこの海に巨大な街が生まれる。でもそれだって、あっと言う間に一文の値打ちもない、過去になるに決まってるんだ。たちの悪い冗談に付き合ってるようなもんさ。
帆場の見せたかったものって、そういうことなのかも知れんな。出典「機動警察パトレイバー劇場版」
過去の価値を考えずに次々と壊し新しく作る。新しく作ったものも、あっという間に過去のものとなり壊される。帆場が見せたかったのは、このような終わることのない東京の開発であった。
4.目的
帆場は何をしたのか。明確になっているのは、レイバーシステムの革命的OS「HOS」にトロイの木馬を仕込み、低周波によりレイバーが暴走するように仕掛けたことである。
では、その目的は。筆者は「バビロンプロジェクトを中止に追い込むこと」だと思っていた。今回、帆場の動機を探る視点で見ていて気づいたが、この目的は名言されたわけではない。あくまで仄めかされているだけである。仄めかしは以下の3点である。
1点目、HOSのマスターコピーのディスク。遊馬がこれにアクセスしようとすると、以下のメッセージが表示された。
Go to, let us go down, and there confound their language, that they may not understand one another's speech.
(いざ我ら降り かしこにて彼等の言葉を乱し 互に言葉を通ずることを得ざらしめん)
その後、大量の「BABEL」という文字がディスプレイに表示された。
2点目は、松井刑事が探り当てた帆場の生家。廃墟と化していたが、中には真新しい今年のカレンダーがかけられており、その裏に旧約聖書詩編の次の文句が記されていた。
He bowed the heavens aslo, and came dawn: and darkness was under his foot.
(エホバ 天をたれて くだりたもう 御脚の元 暗きこと はなはだし)
3点目は、帆場が自殺したのが、箱舟だったということ。
これらの仄めかしから、帆場のしようとしていることは旧約聖書と関係があり、特にバベルの塔のエピソードと関係があると想定し、バビロンプロジェクトを中止に追い込むことが目的だと考えていた。
その上で動機を考えてみたが、どうも分からなからない。つまり、帆場にとって、バビロンプロジェクトを中止させることに、どのような意味があるのかが見えないのだ。プロジェクトが中止となれば、社会には大きな影響がある。得られたはずの利益はなくなり、経済に大打撃を与えるだろう。また政府の威信をかけたプロジェクトであることから、政権の責任問題に発展するかもしれない。
しかし、そのようなことは帆場にとって意味を持たないのではないだろうか。
なぜか。バビロンプロジェクトが完工し新しい街ができたとしても、それにより得られたものは、一瞬で無価値になることを帆場は知っているからである。その事実をわざわざ見せつけている。この観点で見る限り、帆場の行為は、無価値になる時期を多少早めるに過ぎない。動機が見当たらないのである。
5.目的の再考
「バビロンプロジェクトを中止に追い込む」という目的を達成しても、帆場には意味をなさない。従って、それに対応する動機も考えられない。
と、よく分からなくなったけど、もしかしたら、目的がそもそも違ったのではないかと思いあたった。すなわち「バビロンプロジェクトを中止に追い込むこと」が目的ではなく、「バビロンプロジェクト中止への完璧な計画を立てること」が帆場の目的だったのではないだろうか。
これは物語の初め、帆場が自殺したことからの推測である。トロイの木馬が仕掛けられたHOSが普及し、後は強風によって低周波が発生さえすれば、計画は実行される段階にあったのに、それを見届けず自殺したのは何故か。すでに目的を達成したからではないだろうか。
もう一つ、帆場がプログラマーであることもこれを示唆しているように思われる。プログラミングがプログラマーの仕事である。完璧なプログラムの実行時に、プログラマーは不要である。
6.動機
「バビロンプロジェクト中止への完璧な計画を立てること」が目的とすると、動機はなんだろうか。計画を立てるという目的は、実際に中止に追い込むという目的と比較して、極めて個人的なものとなっている。目的がそうであるならば、動機も個人的なものではないだろうか。
筆者は「嘲笑したい」という思い、ただその思いこそが動機だったと想像する。
冒頭、帆場が海へ飛び込む瞬間、口元に歪んだ笑みが浮かんでいる。帆場の動機に迫る後藤隊長が、次のように語るシーンがある。
(後藤隊長)
おそらくあいつは、俺たち、いや、この街に住む全ての人間を嘲笑しながら、飛び降りたに違いないよ。
出典「機動警察パトレイバー劇場版」
では、帆場は何を嘲笑したのか。
一瞬で無価値になるものを、血眼になって作る。そして作るために壊す。壊されるものの、価値も考えずに壊す。このような人間の馬鹿さ加減を嘲笑したかった。心の底からしたかったのだと思う。
心から嘲笑する。この思いを満足させるためには、実際にバビロンプロジェクトの崩壊を見届ける必要はない。それが確実となる完璧な計画をプログラミングしたことを、自身が確信するだけでよいのではないだろうか。
7.おまけ
ということで、帆場の動機は、ただ嘲笑したいという思いではないかと想像した。天才にありがちなクレイジーっぽさもあり、ちょっとは説得力があるのではと思っている。
ただ、分からないところもまだある。例えば帆場のMIT留学時代のエピソード。帆場はMITでE.HOBAのイニシャルから、エホバと呼ばれていた。エホバは旧約聖書の神の名であるが、正確にはヤーヴェあるいはヤハウェという読みが正しく、エホバは誤って広まった読み方である。それを聞いて帆場は狂喜したという。この話、どう捉えればよいのだろうか。後藤隊長はこの話を聞いて、帆場の考え方がようやく分かってきたと言ってるけど、分からない。神と呼ばれて喜ぶのではなく、誤った神の名だと聞いて狂喜するって、どういうこと?
あと、帆場は沢山の鳥を飼っていたようだ。自殺の直前にも、自身のIDカードを付けたカラスを空に放つ。これもどういう意味があるのかよく分からない。ノアの箱舟の神話で、水が引いたかどうかをカラスを飛ばして確かめたという話があるそうだけど、それと関係あるのかも知れない。
追記 劇場版第2作の感想も書きました。ネタバレあります。