磁力と重力。
この不思議な力について、紀元前7世紀の古代ギリシャから、ニュートン、クーロンによる法則の確定まで、2000年にわたる思想の流れを追った本。
凄く面白かった。思ったことを幾つか。
ニュートン(1642~1727)は、万有引力という考え方により、世界を説明した。
この世界の全ての物体間に、双方の質量に比例し、距離の二乗に反比例する引力が働いているという法則で、宇宙の秩序を解き明かした。
ところで、普通、力が働くためには、手で物を押すといったように接触が必要だ。
万有引力は、太陽と地球といった遠く離れたもののあいだにも働く。遠隔作用であり、すごく不思議な力だ。なぜ働くのだろうか。
これに対するニュートンの回答は、
「分からない」
である。
万有引力の法則は、天体の観測結果から数学的に導き出されたもので、逆にこの法則で地上物体の落下や月の周回など、色々な現象を説明できる。
そして、
それ以上に「万有引力の本質は何か」とか「なぜ万有引力が存在するのか」といった存在論上の問題は自然哲学(物理学)の問うところではないし、あるいは「万有引力は空間をどのように伝播するのか」とか「万有引力は何を介して対象物体に届くのか」といった事柄に頭を悩ますには及ばない。これがニュートンの公式的な立場であった。
出典元:山本義隆『磁力と重力の発見』(p.860)
何だか乱暴な気がするけど、「なぜ」万有引力が働くのかという原因を棚上げにして、精密な測定結果から数学的な法則を見出すことによって、新しい発展の道が開かれたのだ。
面白いと思ったのは、この「なぜ」という問いは、棚に上げっぱなしではなくて、降ろす必要もあるということ。
万有引力の法則は、ニュートンより70年くらい前に生まれたケプラー(1571~1630)の研究成果をもとに導き出された。そしてケプラーは、ニュートンとは逆に、今まで問われていなかった原因を問うことによって学問を進めた。
もともと天文学は、物理学ではなく幾何学だった。惑星の運動を幾何学的なモデルで計算、予測できれば十分で、その物理的原因は問われなかったのだ。しかし、ケプラーはこれを変えた。彼は、天文学とは何かという問いに対して、
それは地上にいるわれわれが天や星に着目するときに生じる事柄の原因(causa)を提示する科学である。……それは事物や自然現象の原因を求めるがゆえに、物理学(physica[自然学])の一部である。
出典元:同 (p.681)
と述べている。
ケプラーは、惑星の軌道が、なぜ、これこれのようになっているのかという問を立てた。そして、太陽系を一つの調和的なシステムと考えていた思想的背景もあり、太陽が各惑星に力を与えているというモデルを描いたのだ。
「なぜ」という問いを、棚に乗せたり降ろしたりしながら、科学が進歩していくのが面白いと思った。
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述べた感想は、本書のクライマックスの部分で、面白さのほんの一部だ。
万有引力発見のために準備されるべきものは、ケプラーの法則だけではない。永い科学の歴史の上に成り立った、多くの事実と、思想が必要だった。
いくら現象を説明できるといっても、遠隔力はあまりに現実離れしていないだろうか。そんな反論に対しては、磁力という例証があった。磁力や磁石については、大航海時代の船乗りたちの経験や、ルネサンス期に勃興した自然魔術としての研究により、知識が蓄えられていた。
また、科学研究において、理論だけではなく、実証の重要性も認識していることが必要だ。ここでは、フランシス・ベーコン(1561~1626)からのイギリス経験論の伝統が活きる。
自然現象の理解に数学を使用すること、さらにその基礎として、現象を定量的に測定することも、当たり前のことではない。多くの人々により少しずつ創り上げられた考え方だった。
知識のバトンが渡され、人類として少しずつ理解を深めていく過程が、すごく面白い。
いつの時代でも、人間、やっぱり不思議なことは知りたいんだよなあ、と思った。