書きたいことを書きたいだけ

書きたいことを書きたいだけ書くブログ

幻想が匂い立つ 泉鏡花を読んだ感想

 

ちくま日本文学全集 泉 鏡花

ちくま日本文学全集 泉 鏡花

 

  

正直、読みにくい文章だ。

 

知らない言葉がわんさか出てくるし、独特の文体。

加えて話の構造も複雑で、二つの場面が同時進行したり、物語の登場人物が物語るという入れ子状になっていたり。

うっかりすると、話の筋を見失う。

 

だけど、だからこそ、物語の中に引き込む力が凄まじい。

一文一文ゆっくり読むごとに、幻想怪奇の霧と匂いが、みるみると濃くなっていく。気づけば、妖しく美しい世界に入っている。

 

 

女性の色気が、なかなかまずい。いじらしい娘も、恐ろしい妖女も出てくるが、総じて色気が匂い立つ。白いうなじ、長いまつ毛、気品のある所作にどきりとする。

そして皆、何やら秘密の境遇を隠していて、それがまたミステリアスな魅力になる。気になって仕方がなくなる。

 

また、怪奇な描写もすごい。

頭から離れない場面を、収録されている『高野聖』から一つ。

高野山の僧が、飛騨から信州へ山越えする際に、恐ろしい出来事に遭遇するという話。

 

道中、僧は大森林を通ることになった。

暗い森の中を進んでいると、ぼたりと笠の上に落ちてきたものがある。木の実か何かかと手に取ると、巨大な山蛭(やまびる)であった。

見ると右も左も蛭だらけ。雨のように振りかかり、全身にたかられ血を吸われる。

 

そこで、次のような考えにとらわれる。

 

 この恐ろしい山蛭(やまびる)神代(かみよ)(いにしえ)からここに(たむろ)をしていて、人の来るのを待ちつけて、永い久しい間にどのくらい何斛(なんごく)かの血を吸うと、そこでこの虫の(のぞみ)(かの)う、その時はありったけの蛭が残らず吸っただけの人間の血を吐出(はきだ)すと、それがために土がとけて山一ツ一面に血と(どろ)との大沼にかわるであろう、それと同時にここに日の光を(さえぎ)って昼もなお暗い大木が切々(きれぎれ)に一ツ一ツ蛭になってしまうのに相違(そうい)ないと、いや、全くの事で。

 およそ人間が滅びるのは、地球の薄皮(うすかわ)が破れて空から火が降るのでもなければ、大海が押被(おつかぶ)さるのでもない、飛騨国(ひだのくに)樹林(きばやし)が蛭になるのが最初で、しまいには(みんな)血と泥の中に筋の黒い虫が泳ぐ、それが(だい)がわりの世界であろうと、ぼんやり。

出典元:泉鏡花高野聖

 

黙示録的光景に戦慄を覚えた。

 

 

濃厚な情緒の世界だが、話の構成は技巧的だ。伏線がしっかり回収されるよう、綿密に計算されている。この組み合わせも面白い。

 

すごい世界を堪能できた。

 

mura-sou.hatenablog.com