正直、読みにくい文章だ。
知らない言葉がわんさか出てくるし、独特の文体。
加えて話の構造も複雑で、二つの場面が同時進行したり、物語の登場人物が物語るという入れ子状になっていたり。
うっかりすると、話の筋を見失う。
だけど、だからこそ、物語の中に引き込む力が凄まじい。
一文一文ゆっくり読むごとに、幻想怪奇の霧と匂いが、みるみると濃くなっていく。気づけば、妖しく美しい世界に入っている。
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女性の色気が、なかなかまずい。いじらしい娘も、恐ろしい妖女も出てくるが、総じて色気が匂い立つ。白いうなじ、長いまつ毛、気品のある所作にどきりとする。
そして皆、何やら秘密の境遇を隠していて、それがまたミステリアスな魅力になる。気になって仕方がなくなる。
また、怪奇な描写もすごい。
頭から離れない場面を、収録されている『高野聖』から一つ。
高野山の僧が、飛騨から信州へ山越えする際に、恐ろしい出来事に遭遇するという話。
道中、僧は大森林を通ることになった。
暗い森の中を進んでいると、ぼたりと笠の上に落ちてきたものがある。木の実か何かかと手に取ると、巨大な山蛭であった。
見ると右も左も蛭だらけ。雨のように振りかかり、全身にたかられ血を吸われる。
そこで、次のような考えにとらわれる。
この恐ろしい山蛭は神代の古からここに屯をしていて、人の来るのを待ちつけて、永い久しい間にどのくらい何斛かの血を吸うと、そこでこの虫の望が叶う、その時はありったけの蛭が残らず吸っただけの人間の血を吐出すと、それがために土がとけて山一ツ一面に血と泥との大沼にかわるであろう、それと同時にここに日の光を遮って昼もなお暗い大木が切々に一ツ一ツ蛭になってしまうのに相違ないと、いや、全くの事で。
およそ人間が滅びるのは、地球の薄皮が破れて空から火が降るのでもなければ、大海が押被さるのでもない、飛騨国の樹林が蛭になるのが最初で、しまいには皆血と泥の中に筋の黒い虫が泳ぐ、それが代がわりの世界であろうと、ぼんやり。
黙示録的光景に戦慄を覚えた。
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濃厚な情緒の世界だが、話の構成は技巧的だ。伏線がしっかり回収されるよう、綿密に計算されている。この組み合わせも面白い。
すごい世界を堪能できた。